27 1天智天皇 百人一首一 夕話の挿画解説

 1天智天皇 百人一首一 夕話の挿画解説



 巻之一  八裏 九表

【翻字】

いにしへより以来(このかた)。国(くに)に逆乱(げきらん)の臣(しん)ある事(こと)。猶(なほ)日月(じつげつ)の蝕(しょく)あるにひとしく。周(しう)の管叔(くわんしゆく)漢(かん)の王莽(わうもう)の類(たぐひ)挙(あげ)て数(かぞ)ふべからず。漢土(くわんど)。南北朝(なんぼくてう)の時(とき)、周(しう)の宇文護(うぶんご)朝政(てうせい)を擅(ほしいまゝ)にし。主上(しうじやう)を蔑(ないがしろに)す。終(つひ)に明帝(みんてい)に毒(どく)を進(すす)め。武帝(ぶてい)を立(たて)。益(ます\/)権勢(けんせい)専(もっぱ)らにして。帝(てい)却(かへつ)て臣(しん)の如し。ここに於(おい)てひそかに謀(はかり)、護(ご)をして含仁殿(がんじんでん)に入り。大后(たいこう)酒(さけ)を好むを諫(いさ)めしむ。則(すなはち)帝(てい)の授(さづ)くる酒誥(しゅかう)を読(よむ)のいとま。帝(てい)玉琔(ぎよくてい)を以(もつ)て後(うしろ)よりこれを撃(うつ)。宦者(くわんじゃ)何泉(かせん)恐懼(けうく)して傷(きづ)つくる事(こと)能(あた)はず。衛公(ゑいこう)戸内(こだい)より躍出(おどりいで)て、是(これ)を斬る。 中(なか)の大兄(おほえ)の皇子(わうじ)鎌足(かまたり)と謀(はかつ)て、入鹿(いるか)を大極殿(だいこくでん)に誅(ちう)し給ふ。しかも相似(あいに)たりといふべし。

(凡例)

  ⑴ルビは()内に入れ、すべてひらがなとした。

  ⑵句読点、仮名遣い、送り仮名は原文のまま。くり返し符号は適宜読み易いように処理してある。

   ⑶行は本文通りではなく、読み易いように改めた。

 ⑷漢字は可能な限り新字体に改めた。誤字と思われるものがある場合、原文のままとして、 ※をつけ、【注】のところに正しいと思われる字を注記した。

【大意】

 昔から現在に到るまで、国に逆臣がいるということは、太陽や月に日蝕、月蝕があるのと同じで、周の管叔、漢の王莽の類はいちいち数えることができないほどである。中国の南北朝時代、周の宇文護は、朝廷の政をほしいままにして、帝をないがしろにした。ついに、(彼は)明帝に毒を勧めて殺害し、武帝を立てた。宇文護はますます権勢を独り占めとし、武帝の方が臣下のようであった。ここで、(武帝は)密かに謀りごとをめぐらせ、宇文護を含仁殿に入れ、大后(武帝の母)が酒を好むのを諫めさせた。帝が宇文護に授けた「酒誥(周公旦の書いた酒を戒める文)」を読ませている間に、帝は玉の笏をもって後ろから彼を撃った。(宇文護の殺害を命じられていた)宦官であった何泉は、恐れて傷つけることができない。衛公が内より躍り出て、宇文護を斬った。これは中大兄皇子が鎌足と謀って、入鹿を大極殿で罪があるとして殺害されたことと同じであり、しかも状況がよく似ているということができる。

【注・語釈】

 周の管叔     中国、「周」の文王の第三子。武王の弟。周公旦の兄。名は鮮。管に封ぜられ、紂王の子武庚を補佐して、「殷(いん)」の遺民を支配。武王没後、武庚を擁して周にそむき、周公によって殺された。前一一一〇年頃没(精選版 日本国語大辞典)

 漢の王莽     中国、前漢末期の政治家。「新」の建設者。字(あざな)は巨君。哀帝没後、平帝をたて実権を掌握。のち、平帝を毒殺し、幼帝嬰を擁立。その摂政となり、やがて自ら帝位を得る。周代初期の古制の復元をめざしたが失敗。漢の劉秀(後漢の光武帝)に攻められ殺された。在位一五年。(前四五‐後二三)(精選版 日本国語大辞典)

周の宇文護      [生]太和19(495) [没]建徳1(572)

 中国、北周の実権者。宇文泰の兄の子。泰の死後その遺命によって泰の世子覚を補佐し、西魏の恭帝の帝位を覚に譲らせた。これによって北周が成立した。護はのち孝閔帝 (覚) を廃し、さらに、その跡を継いだ明帝を殺して武帝を立てた。護は北周の基礎を固めるのに功績があったが、その専横を憎んだ武帝によって殺された。(ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典)

酒誥  『書経』周書の篇名。殷の紂王が酒をたしなんで人民を苦しめたため、周公旦が成王の命によって酒を飲むことを戒めた命令の文。

琔 読みはルビ「ぎょくてい」は間違いで、正しい読みは「ぎょくてん」、「玉の色」といった意味ですが、この「琔」の字も間違いです。『周書(北周書)』によれば「玉珽(ぎょくてい)」で、 玉で作った笏。天子の執るものとあります。これで宇文護を撃ったのですね。

衛公…宇文直。字は豆羅突。宇文泰の第六子、武帝の同母弟。母は叱奴氏。

【解説など】

 『百人一首』のトップバッター天智天皇の歌といえば、もともとこの歌は天智天皇の作ではなかった、とか、『後撰集』で天智天皇の歌とされていること、民の心を思いやるとか、平安王朝が天武系ではなく天智系であるといった解説が普通だと思います。

 ですから『百人一首一 夕話』の天智天皇の挿画は、実った稲穂がなびいているところに粗末な庵があって、天智天皇らしき人が袖に濡れる露に難儀している場面であろうというような想像が可能なのですが、それを裏切って、まさに逆臣が斬られている血なまぐさい場面、なかなか迫力があります。この逆臣はもちろん入鹿、いわゆる「大化の改新」とされる場面ですね、今では乙巳(645年)の変と呼ばれるようです。人を殺したのに、「改新」はおかしいですからね。その後、政治が変わっていったという意味だったのでしょうけれど。

 挿画の上にある文章には、入鹿が斬られる場面の解説(それは本文にあります)ではなくて、中国南北朝時代、北周の宇文護という逆臣が殺されたことが書かれていて、最後に、この話は、中大兄皇子(後の天智天皇)と鎌足が大極殿で蘇我入鹿を謀殺したのと状況がよく似ているとあります。『百人一首一夕話』の天智天皇についての文章は、ほとんど『日本書紀』に拠っていますが、そこには、中大兄皇子は蘇我倉山田麻呂と謀って、大極殿において、天皇の前で倉山田麻呂に三韓の表文を読ませている間に、子麻呂と綱田という配下の者に入鹿を襲わせようとしましたが、二人が恐れて進むことができないでいるのを見て、中大兄皇子が入鹿の頭から肩先にかけて斬りかかった、とあります。細かい人物関係は異なりますが、宇文護が文を読んでいる間に、宦人の何泉が斬りかかろうとしたけれど怖くて踏み出せなかったところ、衛公が斬りかかったというところはよく似ています。ここには描かれていないのですが、大后(武帝の母)がどうしたのかと訪ねると、武帝が罪人を処罰したのだというというところも、皇極天皇(中大兄皇子の母)がどうして入鹿にこんなことをしたのかと問うと、中大兄皇子が、入鹿が陰謀を企てて朝廷を滅ぼそうとしたのでこう計らったと答えたというところも似ています。この場面の『日本書紀』の記事の取り上げ方は事実を描いたように見えますが、なぜか『周書(北周書)』のこの事件の描かれ方と筆の運びが似通っています。

 こんなふうに、わが国の故事を中国の故事と比べる場合が多いのが、『百人一首一 夕話』の挿画の解説文の大きな特色です。それが面白いと思ってこのブログのテーマにしたのですが、尾崎雅嘉は歴史好きなので、あまり優雅なものにはならないのがちょっと残念です。

  ああ、なんかみやびな『百人一首』というよりは『鬼滅の刃』状態ですね(涙)。

【余談】

  さて、この宇文護、帝を毒殺したり、自分で帝を決めたり、とんでもない逆臣ということになっていますが、中国ドラマ『独孤伽羅』で、徐正溪(シュー・ジェンシー)が演じて大評判になりました。北周の武将、独孤信の三人の娘、長女の独孤般若は北周明帝(毒殺された帝)の皇后となり、次女の独孤曼陀は唐国公に嫁ぎ、唐の初代皇帝となった李淵を産む、三女の独孤伽羅は、隋の初代皇帝楊堅(有名な煬帝の父)と夫婦になるという、つまり、北周皇帝の后、隋の初代皇帝の后、唐の初代皇帝の母になるという想像を絶する三姉妹でした。邦題『独孤伽羅』は、本来は『独孤天下』(独孤家が天下をとる?)、こちらの方がぴったりなのですけれど、日本人にはなじみがないので何のことかわからないから、タイトルを変えたのでしょうね。「宋家の三姉妹」みたい?いや、それよりもすごいかも。このあたりの話はとても面白いので、いくつも華ドラが作られていて、私が知っている限りでは『木蘭』、『独孤伽羅』、『独孤皇后』、『蘭陵王』、『蘭陵王妃』があります。全部みたのは『独孤伽羅』のみですが、そこでは、長女の独孤般若の運命の相手が宇文護となっています(もちろんフィクション)。徐正溪(シュー・ジェンシー)が演じる宇文護は、西域の血が入った青い目の美男、しかもこの二人がとても魅力的で、主人公の独孤伽羅もその相手の煬堅(煬帝の父)も全く影が薄い存在でした。


           

徐正溪(シュー・ジェンシー)が演じる宇文護

http://sub0000540306.hmk-temp.com/article/news/20190405002408.html

 二年ほど前、天智天皇の一夕話の講義のためにあれこれと検索をして、ウィキペディアの宇文護を見た時は、ひげもじゃでむくつけき武人姿の画像があったのですが、今ではあとかたもなく消えていました。現在「宇文護」で画像検索をすると、徐正溪(シュー・ジェンシー)ばかり。

 おそるべし!イケメン・パワー。


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コメント

匿名 さんのコメント…
こんばんは、雪の降る夜は静かに感じますね、
今回も楽しくブログ拝見しました。

「余談」から…たしか独狐伽羅をお薦めいただいて見たのが、私の華ドラの始まりでした!

まさに、このドラマの宇文護(シュージェンシー)にドハマり!…ドラマの時代の文化や背景などなど、
急に中国歴史に興味をもち調べたりしました、笑

本当に、おそるべし!イケメン・パワーですね!

色々中国の歴史など教えていただいて勉強になります、ありがとうございます。

ブンブンより

M.Nakano さんの投稿…
ブンブンさん

 早速のコメント有り難うございました。おっしゃる通り、雪の夜は、全ての音を雪が吸い取っているかのように静かですね。素敵な表現です。でもひどく寒かったー家にいるのに手が凍えて…??と思ったら、エアコンが勝手に冷房に切り替わっていたのでした。今朝気がつきましたがまったくの手遅れです。うちのエアコン、三菱霧ヶ峰は、時々そんなことをやってくれるのですが、よりによって昨日なんて、お茶目ではすまされない設定ミスなのでは。いえ、私がリモコンを確認しなかったのがいけないのか。

 シュージェンシー、本当にいい男ですね。彼の出演作を全て見たわけではありませんが、『独狐伽羅』の宇文護が一番はまり役であったような気がします。

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