42 ほととぎすの歌とあやめ

ほととぎすの歌とあやめ

        題しらず

                      よみ人しらず

    ほととぎす鳴くや五月のあやめ草あやめも知らぬ恋もするかな

 今回は『百人一首』ではなく、『古今和歌集』恋部一の巻頭にある歌(四六九)を取り上げます。旧暦の五月というと、新暦の六月にあたりますから、ちょうど今の季節にぴったりの歌ですね。歌の作者の名前がわからない場合、「よみ人しらず」とされます。(あるいは何か事情があって名前を出すことができない場合もあります。たとえば『千載和歌集』春の部で平忠度の「さざなみや志賀の都は荒れにしを昔ながらの山桜かな」という歌が「よみ人しらず」として載せられていることは、『平家物語』の「忠度の都落」で語られていることはよく知られています)。「よみ人しらず」であっても、よい歌は勅撰和歌集に選ばれますし、はるかな時代を超えて残され、歌い継がれてゆくのです。かつてユーミン(松任谷由実)は、「私の名は消えても歌だけはよみ人しらずとして残るのが理想」と語ったことがあるとか。素敵な「よみ人しらず」の応援歌ではありませんか。

 この歌も、長い年月にわたって、人々の心をとらえ、歌い継がれてきたものの一つなのです。

    広重「花鳥錦絵」(あやめにほととぎす)
              国立国会図書館デジタルコレクション

 「あやめぐさ」は「菖蒲」、五月の端午の節句に、邪気を払うために身につける葛や薬玉の材料となり、軒に葺いたりする、香りのよい草です。現代でも菖蒲湯の行事は残されていますね。上句はほととぎすが鳴き、あやめが開くという季節を表した序詞ですが、特に三句目の「あやめぐさ」は、同音によって四句目の「あやめ」を導きますが、四句目の「あやめ」は植物ではなく「文目」(ものごとの筋道、道理の意)、「あやめもしらぬ恋もするかな」とは、世の中の道理や理屈ではどうしようもない恋をすることよ、といった意味で、ほととぎすの鳴き声という聴覚とあやめぐさの香りに官能的な印象のある季節(自然)を歌う上句は、苦しい激しい恋心を歌う下句の強い心象表現に転じてゆきます。陰暦五月は忌み月とされ、結婚や恋愛がタブーとされる月でもありました(新しいものでは谷知子『和歌文学の基礎知識』、もとになる文献は今井優『古今風の起原と本質』、折口信夫も述べていると思います)。禁じられているがゆえにいっそう恋心が高まるというのは、『源氏物語』の光源氏が女性に心惹かれる契機の一つにもなっていますが、一般的な人の心情でもありますね。恋ではなくても、駄目といわれると、ついついやりたくなってしまう。「鶴の恩返し」や「うぐいすの屋敷」といった昔話には、「見るなの禁」を課されると、大変なことが起こるとわかっていても破りたくなる人の心性が描かれています。私なども、近くの工事現場の囲いのドアに「入っちゃだめだよ」と書かれているのを見て、ものすごくドアを開けたくなってしまったことがあります。「入るな」とか「立入厳禁」とあるよりも、子供向けの話し言葉は何故か大変に誘惑的でした。もちろん「あやめ」をわきまえて開けることはなかったのですけれど。

 「ほととぎす」は、郭公、霍公鳥・杜鵑・時鳥・子規・不如帰・杜宇・田鵑・沓乞・催帰・蜀魂などいろいろな漢字をあてられる鳥で、和歌では夏を代表する鳥です。『万葉集』時代から声を賞美され、旧暦四月頃渡来するため立夏に鳴くべき鳥とされてきました。初音を待つ鳥として声が賞美される一方、悲しく苦しいものとも詠まれます。口の中が赤く見えるため、血を吐いて鳴くといわれ(正岡子規の名前の「子規」、雑誌「ほととぎす」、徳冨蘆花『不如帰』もこれに因んでいます)、中国の古伝承では、故郷を追われた蜀王の霊が化して(杜宇・蜀魂などの表記はこの伝承に基づく)、故郷を恋しがって鳴く、一人で聞くと辛い、いっそう恋心が募る、昔と変わらない古声で鳴き、昔(故人)を思い出させる、一方恋の贈答では、あちこち飛び回る浮気男に喩えられます。自ら子を育てず、鶯などの巣に卵を産んで子を育てさせる託卵をするので、それを詠歌も『万葉集』にあります。「死出の田長{たをさ}」の異名をもち、死出の山との間を往復する鳥という伝承があり、冥界と関連づけて詠まれることもあります。

 このように和歌に詠まれるほととぎすは非常に多くの意味を与えられています。『百人一首』では、81番目の後徳大寺左大臣の「ほととぎす鳴きつる方をながむればただ有明の月ぞ残れる」、ほととぎすの鳴き声(初音)を聞くために明け方まで寝ずに待っていて、やっと聞こえた声の方角をみると、もうほととぎすの姿はなく、ただ明け方の月だけが残っていたという歌がありますが、これについてはいずれまたの機会に。

 俳句もたくさんありますが、一例だけ。

    ほととぎす平安京を筋交ひに     蕪村                

   高橋治は『蕪村春秋』で、蕪村の視点はどこにあるのか、一番効果的な視点は今日の上空、ヘリコプターから見下ろすものである、つまり映像的には真上からの俯瞰になる、といっています。蕪村の時代にはヘリコプターはおろかドローンなどもありませんから、現実にはあり得ない位置に立つ、空想の翼を広げた歌だというのです。とても素敵なすぐれた解釈だと思います。

 ほととぎすは、鋭く鳴き、速く飛び去るという特性があったようです。何年も前のことですが、五月の末が姑の命日だったので、お墓参りにいった時、たくさんのグレーの色をした鳥が飛び交っていて、ホーホケキョにもう一言「ケキョ」を付け足したような声で鳴いているのを聞いたことがあります。鶯にしては一言多い鳥だなと思って、あ、もしかしたらこれがほととぎすかもしれないと気づいたのでした。東京特許許可局、テンペンカケタカはほととぎすの声の聞きなしですが、私にはホーホケキョケキョと聞こえたのでした。木に止まって鳴くのではなくて、速い速度で飛びつつ、鋭く鳴くのがほととぎす。蕪村の句のほととぎすも、おそらくは平安京を対角線上に飛びながら鳴いていたのではないでしょうか。

   さて、上の広重の絵ではほととぎすとあやめがセットになっていて歌とピタリと合うのですが、この「あやめぐさ」の「あやめ」は菖蒲のことで、今のように綺麗な花菖蒲とは異なる地味な植物です。

 まず、現代の「あやめ」から。

   下はドイツ菖蒲かもしれませんが、今年の5月に撮りましたので。                                 

アップにしたところ。花に文目模様があります。


 



かきつばた(京都・太田神社)


               花菖蒲(小岩菖蒲園)


 これがあやめ(菖蒲)の花。地味ですね。自分で撮った写真がないので、次のサイトからの頂きものです。有り難うございます。

 https://www.kamoltd.co.jp/katalog/b-syoubu.htm

 この記事を書いた後、すばらしいサイトを見つけました。下手な写真を載せるよりも、こちらをご覧下さい。「サカタの種」のホームページにある、小杉 波留夫「東アジア植物記」の「いずれアヤメかカキツバタ アヤメ属」、前、中、後篇と三篇あります。全部読むと、イチハツやシャガ、ノハナショウブのことも出ています。

 下は前篇のリンクです。

  https://sakata-tsushin.com/yomimono/rensai/standard/eastasiaplants/20200430_008075.html

 前編の記事の下に、次の記事への案内があり、そこをクリックすると見ることができます。

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72  五月十六日・葵祭

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コメント

木の葉 さんのコメント…
素晴らしい考察、読んでいて楽しくなりました。千年前の古都ではホトトギスがよく鳴いていた?先日軽井沢でホトトギスを聞きましたが、非常に警戒心が強く、探すと鳴き止んでしまう。あの声が、恋の苦しさを表してる?やはり中国文学の影響なんですね。美声なので解釈は自由❗ホトトギスの歌は、自然が身近にあった時代の貴重な遺産です。
M.Nakano さんの投稿…
木の葉さん、いつもコメントありがとうございます。励まして下さって嬉しいです。長々としたものを読んで下さったことに感謝です。

 軽井沢でホトトギスとは優雅ですね。

 自然が身近にあった時代の貴重な遺産、素敵な言葉を有り難うございました。

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