78  月の桂

 月の桂

 今年の10月27日金曜日は旧暦九月十三夜、後の月(「豆名月」「栗名月」とも呼ばれます)が美しく夜空に輝いていました。八月十五夜は、新暦では九月二十九日、関東地方は雲に隠れてみえなかったので片見月となりましたが、「八月十五夜に次ぐ美しい月」とされる九月十三夜の月は見ることができました。

 そろそろ散り方となりましたが、先週までは足早に歩く人々にも、ああ秋も酣になったのだなと思わせる金木犀のかぐわしい香りがそこここに漂っていました。春の沈丁花、初夏の梔子と合わせて、日本の三大芳香木のひとつに数えられている金木犀、温暖化の影響か、普段より遅めでした。通常は九月半ば頃に開花しますが、九月中はひどい暑さでしたから、植物も少し勝手が違っていたのでしょう。 

  この「木犀」が、中国では「桂」 ということを知ったのは、2018年3月の桂林への旅でした。桂林といえば、緑色の河に浮かぶ石灰岩の奇岩がおりなす山水画のような風景が見られる灕江下りが有名で、一時は中国旅行というと、北京、上海、桂林が定番でしたが、近頃はあまり人気がないようです。中国人団体客が次々やってきて、大型バスで駐車場は満杯です。

 

                桂林:灕江下り

  まずガイドさんが、「桂林」の説明をするのに、「桂」とは「木犀」のことといったのでびっくり。日本で「桂」といえば、カツラ科の落葉高木、京都、葵祭の飾りとなる、楕円かハート型の葉をもつ大木で、秋になると美しく黄葉するものとされます。「桂林」も桂の木がたくさあるところかなくらいに思っていたのに、中国の「桂」は常緑樹、秋になるといっぱいに四弁の小花をつける「木犀」のことだったのです。桂林の街路樹は、地名に因んでさまざまな種類の木犀が植えられ、花の時期、街は甘い香りで満たされるのだそうです。毎年秋(10月中旬頃)に咲きはじめ、一度終わった後、11月頃にまた咲くという二度咲きが原則ですが、あまり暑いと咲かないそうで、温暖化が進む前は、中秋節のころに咲いていたという話です。

  「桂」という字は、日本では「カツラ(カツラ科)」だけを指しますが、中国では使用範囲が広く、「木犀(モクセイ)」、「肉桂」などを指すのだそうです。

 和歌に詠まれる「桂」としては、「月の桂」がよく知られています。「久方の月の桂も秋はなほ黄葉すればや照りまさるらむ」、月に生えている桂の葉が色づき、月の光と相俟って美しく照り映えているというのです。秋になると桂の葉は黄色く染まりますから、月光の色とも矛盾しません。




山形;慈恩寺の桂


 ところが、中国にも「月」と「桂」の伝説があります。

   月の中には一本の桂があり、高さ五百丈(1500メートル)、その樹の下に一人の男がいて、いつもその樹を剪っているが、樹の創口(きずぐち)は、剪ったあとからすぐふさがるという。呉剛はもと西河の出身で、仙術を学んでいたが、過失のため流され、月の桂樹をきらされている。(段成式 今村与志雄訳注 『酉陽雑俎 (ゆうようざつそ)』1天咫(てんし)東洋文庫382 平凡社)

 剪っても剪っても創口がふさがって、いつまでも木を剪り続けねばならない男の物語というのも非常に神話的ですが、切り口がすぐふさがってしまう高さ1500メートルの桂こそ、まさに世界樹ともいえる特別な樹、しかも常緑の木犀ですから、日本の和歌にあるように黄葉することはないのです。

 『万葉集』にはこんな歌があります。

 黄葉(もみぢ)する時になるらし月人のかつらの枝の色付く見れば(巻一〇・二二〇二・    作者未詳)

 「月人」と「かつら」が詠まれていますから、先にあげた『酉陽雑爼』と関わりがあるようにみえます。ただ『酉陽雑爼』は、『万葉集』より後の時代にできたものなので、直接影響を受けたということはできませんが、今は残されていないけれど、『酉陽雑爼』に載せられたこの物語が、それ以前に伝えられていたお話のなかにあって、『万葉集』の時代にそちらが伝わったという可能性は十分に考えられます。この歌には、枝が黄色く色づくとありますから、わが国にある黄葉する桂であって、『酉陽雑爼』にある桂(木犀)ではないのです。

 つまり、中国のお話に出てくる「桂(木犀)」が日本の「桂」に置き換えられているのです。先にあげた、平安時代の『古今集』にみられる、

 久方の月の桂も秋はなほもみぢすればや照りまさるらむ(秋上・一九四・忠岑)

という歌は、『万葉集』の歌の影響を受けて作られた可能性が高く、しかも後世さまざまなバリエーションをもって受け継がれてゆくので、我が国で詠まれる「月の桂」は紅葉するものとして歌われ続けてゆきます。 

 中国の桂(木犀)には「金桂」、「銀桂」、「丹桂」、「四季桂」という種類があるようで、日本の「金木犀」や「銀木犀」も中国から輸入されたものらしいです。「銀桂」が「銀木犀」に当たるというのはわかるのですが、「金木犀」は、「丹桂」説と「金桂」説があるようです。 

 牧野富太郎博士によって「薄黄木犀(うすきもくせい)」と名付けられた、薄い黄色の花をつけ、甘い芳香を放つ木犀が「四季桂」にあたるようです。昭和9年に、国の天然記念物の指定を受けた樹齢1200年を超える巨木の「薄黄木犀」が三島大社にあります。1200年というと、日本に昔からある木犀と考えられそうですが、インド、中国が原産と植物事典にはありましたので、はるか昔に日本に伝来したのでしょうか。実は、ずいぶんたくさんのサイトや辞書、植物事典を調べたのですが、いろいろな説があって、はっきりしません。「木犀」を深堀りするのはかなり困難な作業で、ここにあげたのは一説に過ぎません。

 中国の伝説では、月には、桂(木犀)だけではなく、兎も、蟾蜍(ひきがえる)も、夫が持っていた不死の薬をもって月に逃げた美女「嫦娥」もいるといわれています。

 

            故宮博物院「月宮鏡」 中央が桂(木犀)、むかって右が嫦娥、

            左が薬を搗いている(お餅ではなく)兎 

  中国の最初の月ロケットの名前は「嫦娥」、月探査ロボットの名前は「玉兎」でしたから、あのころのネーミングのセンスはしゃれていましたね。

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7 三島大社と暦師の館  これを書いた時点では薄黄木犀に気づいていませんでした。

            三島大社のホームページには薄黄木犀が出ています。

              https://www.mishimataisha.or.jp/%e5%a4%a9%e7%84%b6%e8%a8%98%e5%bf%b5%e7%89%a9%e3%80%8e%e4%b8%89%e5%b6%8b%e5%a4%a7%e7%a4%be%e3%81%ae%e9%87%91%e6%9c%a8%e7%8a%80%e3%80%8f-5

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72  五月十六日・葵祭 葵祭、桂(日本の)とふたば葵を挿頭にした写真があります。

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コメント

木の葉 さんのコメント…
中野先生のこれまでの旅行の写真も挟みながら、桂の樹の考察、感動さえ覚えました。日本人は中国の文化を尊重しながら、少しだけパクり自分のものにする。名歌をものした歌人の得意気な顔さえ見えてきます。中国の「嫦娥」の伝説もとてもロマンチックで、漢民族の不屈の闘志を感じます。金木犀の薫りが、更に深いものに感じられました。
M.Nakano さんの投稿…
 木の葉さん、早速にコメントありがとうございました。
 金木犀の香りのするうちにと思って書き始め、調べ始めたのですが、日本の「桂」は、いつから今の桂なのかというのは、なかなか難しい問題で、10月一杯かかってしまいました。中国の桂(木犀)の種類と日本の木犀の種類についての対応も諸説あるようです。たしかに植物の分類学というものは、18世紀のリンネによって始められたのですから、それ以前のことはあまりわからないのだということがよくわかりました。あまりあれこれいうと複雑になりすぎるので、わかりやすいようにシンプルにまとめてしまいました。読んでくださって有り難う。

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