67 兎に角うさぎ

 兎に角うさぎ

  大変遅くなりました。東博のお正月の「兎に角うさぎ」、うさぎ篇の続きです。とっくに終わってしまったし、日経の今橋さんの記事にも触発されていましたのに、今まで伸ばしてしまってすみません。

 ぎゃー。「初もうで」とある。桜が満開だというのに超遅筆で申し訳ありませんm(__)m。

 とりあえずこのタイトルについて、展示では何も説明がありません。「兎に角うさぎ」の「兎に角」という語のなかに「兎」が入っているのでつけたのでしょうか。

 夏目漱石の『草枕』冒頭の有名な一節にも、「山道を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹(さお)差せば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角(とかく)に人の世は住みにくい。」と、「兎角」が登場します。青空文庫では「とかく」はひらがなになっています(「夏目漱石全集3」ちくま文庫、筑摩書房 1987(昭和62)年12月1日第1刷発行)が、私の記憶では漢字であったような気がします。昔読んだ漱石の文章はたくさんの漢字の当て字だらけでした。

   延暦16年12月1日(797年12月23日)に成立した『聾瞽指帰』(空海自筆とされるものが金剛峯寺に伝えられて国宝に指定されている)は、空海24歳の時の著作、後に天長年間に序文と十韻詩を加えて改訂したものを朝廷に献上し、書名は『三教指帰』に改められますが、三教(仏教・儒教・道教)を比較して、対話討論形式で叙述される宗教的寓意小説体の仏教書です。

 そこにまず「兎角公」という人物が登場します。兎角公の要請で、甥の不良青年蛭牙(しつが)公子に教誨を与えるという形で、話が進められてゆくのです。上巻では、儒教を支持する亀毛先生が立身出世、忠孝の道を説き、中巻では道教を支持する虚亡隠士が不老不死の神仙術と道家の理想を説き、下巻は、空海の自画像とされる仮名乞児が、無常の賦、受報の詞、生死海の賦などを唱え、すべてのものに対する仏の慈悲の教えこそもっとも優れたものであるとして、他の二人と蛭牙公子が、論破されてしまういう構成になっているのが『三教指帰』ですが、難しいことはさておき、ここに登場する人物のネーミングにご注目下さい。

兎角公ー兎の角
蛭牙公子ー蛭の牙
亀毛先生ー亀の毛
虚亡隠士ーそもそも「ない」という意味

 すべて存在しないものを名前にしているのです。仮名乞児だけが「仮名」といいながら実在しうる名であるというのが面白いです。ただ、亀の毛というのは、なんか吉兆のしるしとして、尻尾に長い毛が生えた亀の絵がありますので、それを想像されて亀には毛があるよという突っ込みが入るかもしれませんが、そういう神仙の亀ではなくて、普通の亀なら甲羅に毛は生えていないので、よしとしましょう。

 まあ、「兎に角うさぎ」という題をつけるのなら、それくらいの説明はしてほしかったということで、長い前置きでした。

 やっと本題です。
   「豆兎蒔絵螺鈿硯箱」(まめうさぎまきえらでんすずりばこ)
    伝田友治  江戸時代・19世紀        


 


写真は「国立文化財機構所蔵品統合検索システム」より。





 こちらが撮影したもの。


   下に斜めにおかれた鏡で、蓋の裏面が見えるようになっています。

 両面見えるようにしてくれた工夫はありがたいけれど、写真を撮りにくいなと思ったのでしたが、こうしてみると兎は蓋裏にあって、蓋表は、金の高蒔絵に螺鈿、鉛の厚い板を用いて豆の葉と実を表わしたものとなっています。

 今橋理子さんは、もっと深くこの意匠に切り込んで、次のように説明してくれます(「兎のかたち十選」日本経済新聞2023年1月20日朝刊)。要点をまとめると、

 (蓋裏について)兎の目は、薄桃色の珊瑚がはめ込まれたもの。

 取り合わされた紫苑は、別名「十五夜草」という、つまり十五夜の兎を意味する。

   お月見は八月十五夜だが、九月十三夜も後の月と言われ、片方しか見ないのは片見月といわれ、両方賞美するもの(これは大学の時に井本農一先生に教えていただいて、とても印象に残っていました)。

 八月十五夜は芋の収穫期にあたるので芋名月、九月十三夜は豆や栗の収穫期にあたるので豆明月(栗名月)と呼ばれ、人々は、芋や豆、栗を月に備えて豊作を感謝した。

 蓋の表に描かれた枝豆は、兎が食べるのではなく、豆名月を意味し、こうした民俗行事的な意味が付与されたもので、蓋の表は豆名月の九月十三夜を裏は、兎と紫苑で八月十五夜と、二つの月見を表している

というのです。大変面白い記事で、「兎のかたち」のなかで一番印象に残りました。

     こんなふうに、蓋の表だけでなくて裏にも意匠をこらしたものとして思い浮かぶのは次のような硯箱でしょうか。

「八橋螺鈿硯箱」尾形光琳(東京国立博物館藏)

(https://colbase.nich.go.jp/collection_item_images/tnm/H-86?locale=ja
  ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)

「樵夫蒔絵硯箱」伝本阿弥光悦(MOA美術館)

  林恭子『かたちのなかの源氏物語』(弓立社)より







  海外のものはどうなのでしょう。知っている限りでは、外側は豪華でも、中までこうした一連の物語性があるもの、テーマ性があるものは少ないように思われます。漆器は「JAPON]と言われたのですから、やはり我が国独自の意匠なのでしょうか。

  最後に耳長兎の水滴をおまけに。

    



 前に紹介した波乗り兎の硯箱のウサ耳も長いものでした。兎の一番の特色ですものね。

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 関係ありませんが、おまけです。

 佐竹本三十六歌仙の絵はがきを探しているときに、高野山霊宝館の絵はがきを発掘しましたので、追加したものをUPしておきました。中尊寺経が秀吉によって持ち去られ、高野山にあるということがよくわかると思います。よろしかったら、御覧下さい。     

 54   平安京憧憬ー中尊寺金色堂(1)ー

コメント

御輿 さんのコメント…
まぁ、超速筆~読者もびっくりの日刊ブログですね笑 東博のお正月の展示のタイトルから、これほど深く読み解いて下さる方は少ないことでしょう。その恩恵に預かり誠にありがたいことです。丁度新年度への切り替えの時期でもありますし、自主学習というのは、こういうことから始まります。
聾鼓(「こ」が変換出来ず、実際は目が下につきます)の二文字だけでも、改めて認識させていただきました。「ろうこ」と読むのですよね。三教指帰も「さんごうしいき」という読み方が正しいのでしょうか。
「三教指帰」はかつてどこかで目にした記憶がありましたが、改めて三教が儒教・仏教・道教(by空海)であるとともに、神道・儒教・仏教という区分けもあったり、神道・仏教・キリスト教として使われる場合もあることを再認識しました。
これだけで、前置きからのことです笑 ついでに尻尾に毛のある亀というのは「蓑亀」のことですよね。謡曲高砂を連想しました。
本題の「豆兎蒔絵螺鈿硯箱」のウサギさんの目に惹かれました。珊瑚なのですね。素敵です。私の誕生石でもあり笑 お写真は撮りにくかったかもしれませんが、中を見せる工夫は、展示する側も努力をしているな、と褒めてあげたいです。
紫苑は、かつて折形のお稽古に通っていた頃、グループの名前を和の色で決めることになり、私のグループは「紫苑」と命名。単純に色で選んだものです。その頃は、今ほどインターネットの普及はなく、今回改めて、「十五夜草」で検索して、花の写真や色も確認することができました。
「片観月」(「かたみづき」で変換したら、自動でこうなりました)というのも初耳でした。確かに、旧暦8月9月の名月は両方見たいですよね。中秋の名月である旧暦8月15日の芋名月(いもめいげつ)、その約一か月後の旧暦9月13日の十三夜の月を栗名月(くりめいげつ)ということなど、半年後の今年の秋まで覚えていられるかなぁ笑
M.Nakano さんの投稿…
御輿さん

 超速攻コメントありがとうございました。詳しい感想も嬉しかったです。

 こちらも、今朝から出かけるので、昨夜何とか完成させねばと、頭をくらくらさせながら仕上げました。

 『聾瞽指帰』、『三教指帰』のよみはそれでいいと思います。文字がうまく出ないときは、ネット上の文字をコピーすると出ることがあります。ちょっとした裏技です。あまりに面倒な文字ですと誤変換されますが、まあこれくらいなら大丈夫。

 お月見ネタ、これも桜の時期には外れてしまっていましたね。

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